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領域概要

研究の全体像と目的

 気候には三つの動的モードが存在する。一つ目はいわゆる地球温暖化など、徐々に進行する 「気候変動」。二つ目は、まれに起こる集中豪雨などの 「極端気象」。そして三つ目が、気候が恒常的に不安定化し、従来はまれだった事象が頻発するようになる現象、すなわち 「暴れる気候」 である(図1)。本領域研究は、この三つ目のモード 「暴れる気候」 に着目し、その実相とメカニズム、過去の文明に与えた影響、現代社会におよびつつある影響、未来に取り得る適応戦略について、包括的かつ実証的な検討をおこなう。

図1

図1 「暴れる気候」 の概念図。くり返し襲いかかる災害は、人間社会(とくに農耕・定住社会)に対するインパクトが大きい。近年の地球温暖化によって、気候はすでに「暴れ」 はじめているという指摘がある。

 具体的には、まず 「年縞」 と呼ばれる特殊な地層を分析することで、過去どのような時に気候が 「暴れて」 いたかを詳細に復元する。次に考古学的な手法によって、「暴れる気候」 が人類史にどのような影響を与えた(あるいは与えなかった)のかを検討する。その際、最先端の年代決定手法を開発し、かつ積極的に使用することで、出来事のタイミングの前後関係を慎重に見きわめる。時間的な前後関係は、因果関係を考察する上で重要なヒントになることが期待される。また、気候モデリングや災害シナリオ分析の手法を導入することで、「暴れる気候」 の発生メカニズム、「暴れる気候」 が人類社会に与える影響、有効な対応策などについても検討をおこない、未来に向けた提言につなげることを目指す。

図2

図2 領域の構造を示す模式図。文理の境界を越えたアプローチにより、「暴れる気候」 の本質と人類史への影響を理解し、未来へ向けた啓示を模索する。


背景1:すでに進行している危機?

 IPCCの報告によれば、地球温暖化によって気候の不安定性が増大し、従来は「50年に一度」 であったような災害が頻繁に発生するようになってきている。また、これによって数百兆円規模の経済損失や、数百万人規模の人的損失が発生していることが、国連の食糧農業機関や世界気象機関など、複数の国際機関によって報告されている(図3)。

図3

図3 2023年の共同通信の記事からの抜粋。気候の不安定化に対して、国際機関が強いトーンの警告を発しはじめている。


背景2:安定な気候は例外的?

 過去数万年の気候変動を詳細に見てみると、気候が安定している状態はむしろ例外的で、直近では過去およそ1万2千年に限られることが分かる。気候が 「暴れない」 この時代は、人類が農耕と定住をおこない、いわゆる 「文明」 を発展させた時代と正確に一致している(図4)。人類は 「暴れる気候」 の中で、文明を長期にわたって維持したことがないのである。

 もし気候がふたたび 「暴れ」 はじめるとしたら、そのとき人類社会にはどのような影響があるのか、ないのか、あるとすればどのような対応があり得るのか、今から検討しておくことはきわめて重要である。

図4

図4 グリーンランドの氷床コアから復元された、過去6万年の気候変動。少なくとも氷期においては、気候は 「暴れて」 いることの方が普通だった。地球温暖化によって気候が転換点(tipping point)を越えつつある可能性が指摘されているが、未来の気候がこれまでのように安定している保証はどこにもない。


この研究によって何をどこまで明らかにしようとしているのか

A01 年代班

陽イオン質量分析計や化石花粉年代測定などの新技術を活用することで、古気候記録と考古編年の時間解像度を 「人間の時間感覚」 に迫るレベルに到達させる。また、「年代の世界標準ものさし」 として知られる放射性炭素年代較正モデルに対して、圧倒的に高精度・高密度のデータを提供する。

A02 古気候班

図5

福井県の水月湖とグアテマラのペテシュバトゥン湖から年縞堆積物を採取し、詳細に分析することで、数日〜数十年の時間スケールで発生する 「暴れる気候」 の歴史を、過去7万年にわたって復元する。

図5 水月湖の年縞堆積物。過去の出来事を1年ごとに記録している。

B01 日本考古班

図6

縄文時代、弥生時代、近世の遺跡と出土資料を分析し、水月湖やペテシュバトゥン湖の年縞堆積物のデータと比較することで、気候変動や火山災害が日本における人間活動におよぼした影響を解明する。

図6 奈良県の唐古・鍵遺跡。本研究で発掘を予定している。

B02 マヤ考古・歴史班

マヤ文明のアグアダ・フェニックス遺跡、イチカバル遺跡、エル・パルマール遺跡において、発掘、航空レーザー測量、碑文解読などを実施し、古気候情報と比較する。さらに歴史学・文化人類学的な調査をおこない、マヤ文明の盛衰と 「暴れる気候」 との因果関係を精査する。

C01 気候モデル班

最先端の地球システムモデルMRI-ESM3を用いた過去2000年の気候復元実験と、とくに注目すべき期間を対象とした高解像度モデル実験をおこなう。結果を解析し、「暴れる気候」 の気候学的特徴や変遷過程、極端気象の強度や頻度について理解する。

C02 影響と適応班

「暴れる気候」 が人と自然の関わりをどのように変容させるか、水災害と植物資源利用の視点から評価し、災害リスクの低減と生態系サービスの向上を両立できる適応策を模索する。また、「暴れる気候」 が陸域の植生に与える影響を、種分布モデリングにより予測評価する。